風邪





「はっ…はっ…っくしゅっ」

隊長宿舎にルキアの小さなクシャミが響いた。

「ん?何だルキア、風邪か?」

小さな声だったが、側で書類に目を通していた一護にはハッキリと聞こえた。

「いや……。これは誰かが私の噂をしている証拠かもしれぬ」


クシャミをするのは誰かが噂をしているから

これはルキアが現世で覚えた雑学だ。
ルキアは誰かが自分の噂をしていると言い張って、少し嬉しそうな顔をしている。

「アホか。誰がお前の噂なんかするかよ。したとしてもせいぜいお前の兄貴ぐらいだろうよ。
お前のそれは風邪だ。変な本ばっか読んで夜更かしなんかするから」

一護の言う『変な本』とは、ルキアが現世から持ってきた、本人曰く『現代語の勉強本』だった。
「少しでも現代語を勉強したいから」
と言うルキアの希望で持ち込みを許可したのだが、一護はそれを後悔していた。

現世の一護の部屋の押入は、すでにルキアの私物でいっぱいだった。
どのようにして手に入れたのか分からないウサギのチャッピーやら、これこそどこから拾ってきたのか分からないホラー漫画ばかりだ。
それを尸魂界に持っていけば、少しは押入が片付くと思っていた。


「変な本とは失礼だな。あれは私の愛読書だ」

「愛読書だぁ?どれもこれもくだらねぇホラー漫画じゃねえか。
せっかく部屋が片付くと思ったのに、次はこっちかよ!」

宿舎の押入は、ルキアの物によって、現世の一護の部屋に似た状態になっている。

「この本は立派な……はっ……はっ…くしゅっ」

ルキアが二度目のクシャミをした。顔も少し赤い。

「おいおい。熱あるんじゃねえか?明日は学校なんだから今日はもう休んでろ」

「そ、そんなわけにはいかぬ!一護一人にしておれば何をしでかすか……」

「あーもー、うるせぇ。じゃあ薬貰ってくるだけにするから少しだけ寝てろ!」

そう言って一護は、無理矢理ルキアに布団をかぶせて部屋を出ていった。
ルキアはふてくされた顔をしたまま、渡された布団に体をうずめた。









「ったく、ルキアが風邪ひいたなんて白哉に知れたら・・・・。それにしても、薬なんてどこで貰えるんだ?四番隊か?」

尸魂界にまだ馴染んでない一護はどこで薬をもらうのか分からず、四番隊宿舎の辺りをうろうろしていた。

「あれ?一護さんじゃないですか。どうかされましたか?」

一護に話しかけてきた人物は、四番隊第七席の山田花太郎だった。

「花太郎!ちょうど良かった。実は風邪薬を探してんだけど、四番隊で貰えんのか?」

「風邪薬?どなたか風邪をひかれたんですか?」

「あぁ。ちょっとな」

「じゃあ今持って来ま…………ひっ!」

「ん?どうした花太……郎………」

花太郎が自分の背後を見て悲鳴を上げたのを感じ、一護は恐る恐る振り向いた。

一護の後ろにいたのは三番隊隊長、市丸ギンだった。
一護が白哉の次に苦手な人物だ。

「市丸……!気配消して背後に立つな!!」

「そない怖い顔せんといて。せっかく風邪薬持ってきてあげたんやから」

ギンは一護の目の前に、何やら怪しげな絵が描かれた袋を出した。

「花太郎。これは風邪薬か?」

「何や。疑ってるん?」

「当たり前だ!!で、どうなんだ?花太郎」

「確かにそれは四番隊に配給される薬のマークです」

「な?あんまり人を疑わんほうがぇえよ」

そう言って、ギンは袋を一護に渡して去っていった。

「じゃあ薬も手には入ったことですし、早くルキアさんの所へ行ってあげて下さい」

「お、おぉ。悪かったな花太郎」

一護はギンに渡された袋を持って、自分の宿舎に帰っていった。











部屋に入った一護は驚いた。
先ほどまで元気に喋っていたルキアがぐったりしている。

「………一護?」

言葉にも元気が無い。

「ルキア!凄い熱じゃねえか!」

一護はルキアに駆け寄って額に手を当てた。

「これはヤベェな。氷貰ってくるからちょっと待ってろ!」

一護は再び部屋を出た。

「黒崎一護。そんなに慌ててどこへ行く?」

「氷を貰いに行ってるに決まってんだろ!そこどけぇ!!」

必死に走っていた一護は、話しかけてきた人物を目に入れない速さで走っていった。

「氷だと?」

一護の言葉を聞いたその人は、すぐさまルキアの元へと向かった。








「亮!氷あるか?」

「うわっ、どうしたんすか隊長。そんな血相変えて」

十五番隊第三席副官補佐である山崎亮は、突然入ってきた一護を見て聞いた。

「いいから氷。あるのか?無いのか?」

「ありますよ。そこに」

指さされた先にあったのは保冷庫だった。

「貰ってくぜ」

「たっ、隊長!そんな素手で持ったら凍傷になりますよ」

そんな亮の言葉には耳を向けず、一護は氷の塊を二〜三個持って部屋に帰った。








「ルキア!氷持ってきたぞ…………って……」

部屋に入った一護の目に飛び込んできたのは、ルキアが寝ている布団の側に座っている隊長二人だった。

「白哉と市丸!なんでここに?」

座っているのは六番隊隊長の朽木白哉と、市丸ギンだった。

「いやな。さっきあんさんが薬貰いに行ってたやんか。それを六番隊隊長さんに教えただけや」

「なっ…!!」

「兄が薬を欲していると聞いてこちらに来る途中、兄は血相を変えて氷を欲していた。
私はルキアの身に何か起こったのだと確信したのでこちらに来たのだ。そうしたら案の定…………」

白哉は視線を一護からルキアに向け、汗で顔に着いている髪をかき分けながら言った。

「とにかく氷貰おか。積もる話があるんやったら外で話したらぇえ。病人にさわるで」

ギンは一護から氷を受け取り、割って桶の水の中に入れた。
それにより冷やされた布をルキアの額に乗せた。

「積もる話なんか無ぇ!早くルキアに薬飲まさねぇと」

「飲まぬ」

「は?」

「薬は嫌いだ。まずい」

「ボケェ!薬がまずいのは当たり前だろうが。さっさと飲みやがれ!!」

「のーまーぬ!」

ルキアは口をつぐんだままだ。

「てめー、いい加減にしろよ!明日学校だってのが分かんねぇのか!!」

「ならば帰らなければよい」

一護とルキアのやりとりを見ていた白哉が言った。

「現世に帰らずこちらでゆっくりすればいい」

「なっ、何言いやがんだ」

「何か不都合でもあるのか?」

白哉は淡々と話した。しかし、一護は白哉の顔が時折緩むのを見落とさなかった。

「てっ、てめー。そんなに俺とルキアを離してぇのか」

「当たり前だ。私より弱い奴にルキアは任せれん」

「俺はてめーに勝ったじゃねえか」

「あれは兄にやられたのではない。兄の中の別人にやられたのだ」

「上等だ!表へ出ろ!今日こそはっきり決着つけてやらぁ!!」

「兄が私に勝つなど千年早いわ」


それだけを言うと、一護と白哉は部屋を出ていこうとしたが、その時聞こえたギンの思わぬ言葉に二人の足が止まった。

「あかんなぁ。病人ほったらかして勝負しに行くんや。こうなったらボクがルキアちゃんを見るしかないやんなぁ」

「へ?」

「何だと?」

「ほなルキアちゃんじっとしとってなー。薬嫌なんやったらボクが口移しで飲ましたげる」

「ちょっ、市丸隊長!」

ギンがルキアに近づいた瞬間、一護と白哉の冷たい刀がギンの喉元に触れた。

「てめー」

「貴様」

「あっ、もしかして本気にした?イヤやなぁ。ボクがそんなんするわけないやんか。
ほなボクはそろそろ帰るわ。イヅルに怒られたらかなわんけん。ほなバイバーイ」

手をひらひらと振りながら、ギンはその場を去ってしまった。

「まったく。油断も隙もありゃしねぇ。大丈夫かルキア?」

「うむ。何かだんだん体が楽になってきたぞ」

見た感じでは、ルキアは先ほどよりもスッキリした顔になっていた。冷えた布が熱を吸収したようだ。

「熱が引いてきたみたいだな」

一護はルキアの額に手を乗せて言った。

「じゃあ、薬は飲まなくてもよいな?」

「それはダメだ」

「なっ!」

「ダメなものはだーめー………って何やってんだあんた!!」

白哉を見た一護は思わず言葉に詰まってしまった。
目の前でギンから貰った薬を飲んでいるのだ。

「ギンにやらせるわけにはいかなんだが、私なら大丈夫だろう」

白哉は薬が入った口の中に水を含み、静かにルキアに近づいた。

「ボケェ!誰がさせるかぁ!!」

一護は言葉と同時に白哉の頭を叩いた。

「ゴクッ」

「あ」

「あ?」

その衝撃により白哉は口に入れていた薬を全て飲み干してしまったのだ。

「お前……、まさか全部……」

「そうか。兄がそれほど私を怒らせたいならそれもよかろう。散れ!!」

「望むところだ。人がせっかく持ってきた薬を全部飲みやがって。泣いても許さねぇから覚悟しろ!!」

二人は再び部屋を出て、本格的に戦いを始めてしまった。こうなればルキアでも止めることは不可能だった。







「あの〜〜、ルキアさん?」

ルキアに話しかけてきたのは花太郎だった。

「どうした花太郎。一護に用があるなら今はやめておけ。死ぬぞ」

「いえ、ルキアさんに用があって来たんです」

「私に?」

「風邪をひかれたと聞いたので。あの、これ薬です。市丸隊長からもらったと思いますが、あれ粉でしょ?だから飲めない時のためにカプセルを持って来ました」

花太郎が差し出したのはカプセル状の薬だった。

「おお!これなら飲める。礼を言うぞ花太郎」

そう言ってルキアはカプセルを一口で飲み込み、布団に入った。

「あの、あの二人はどうして戦ってるんですか?」

「………」

「ルキ…………寝ちゃった。………まっ、いいか。僕が止められるものでもないし」




一護と白哉は花太郎が来たことに気づかないほど真剣だ。
時折「俺がルキアに飲ませるつもりだったのに」とか言う言葉が聞こえるが気にしなかった。




勝負が終わるころは、既に空に月が登った後だった。







〜〜あとがき〜〜


1000hitを踏んで下さったみさきさんのリクにお答えしました。
文章滅茶苦茶になりましたが……(汗)
15は気軽にキャラを作れるので楽しいです。

ではA、感想などありましたら教えて下さいねぇーV(^-^)V